・存在者の運動
 
先人の著作より抜粋。

【存在者の運動は、存在者が廃棄され、自分だけでの存在
〔対自存在、自独存在〕に達するということであるから、
死は分裂の側面であり、そこでは、到達した自分だけでの存在は、
運動のなかに入っていった存在者とは、別のものであることになる。】

文面と表現法は違っても、前項拙文「私と木」とこの文の考察対象は違わない。

普遍的な事に向かって歩んで行くならば、時代も国も越え、
その普遍性ゆえ、誰もが同じものを見る事になるのだ。