・死と犬
長年飼っていた柴犬が死ぬ。
甘えて飛びついて来たのが、今はもう土に還るだけの物質となった。

現象として起こる死、これは一体何なのであろうか。

口々に言う。
死んでしまって可哀想に。
そう言う彼らは死の何を知っているつもりなのだろうか。

一体誰が自分の死を可哀想だと思っているのか、考えてみるといい。
自分は可哀想だと思う事のできる意識が、
死んでもまだある事を前提としている事になる。
思い込みや想像でなければ、死んだ当事者でもない彼らに
なぜそんな事が分かると言うのだろう。

他者の死は他者であるが故、自分で体験して知る事は出来ない。
だが自分の死は必ず体験する事になる。
人が死へ臨む姿勢は考えずにただ怯える事だけではない。